フラワーエッセンス研究家の葛葉です。

2017年09月27日

雑談は、自分を守り、助ける

超一流の雑談力
(Facebook投稿の続きです  )

この本は、図書館で、ものすごい数の予約が入っていて、私も、いつ予約したのか思い出せません。それだけ、雑談ができなくて、悩んでいる人が多いのでしょう。こんな本を借りている私も、そのうちの一人です(笑)。

帯にはこう書かれています。

「一流の雑談は、人もお金も引き寄せる - 一目置かれる人が実践しているスキル」

この本から一部抜粋します↓--------------------------------

話し方は、人生において重要な財産となります。苦手な人は少し時間がかかるかもしれませんが、訓練して、人前で楽な気分で話せるようにするといいでしょう。人前で話すのが恥ずかしいというのは、大きな弱点になります。話し方は、大事な技術です。

(中略)

本当に、コミュニケーションというのは一度身につければ人生を左右する貴重な財産になります。

かく言う私自身も、かつては、人見知りで、知らない場所や人は大の苦手でした。

だからこそ、思うのは、「自分が人見知りである」と強く認識している人のほうが、よりコミュニケーション能力を高める素質を持っているということです。

自分のことを「人見知りだ」と思っている人は、コミュニケーションに高い理想を持っている人です。「自分のコミュニケーションはまだまだ」と感じてしまうから、人見知りだと思わずにいられないのです。

このコンプレックスこそ、人を伸ばすとても大きな力になります。

コンプレックスを解消しようと努力を重ねていくことで、だんだんと実力や実績がついていきます。

ですから、「人見知りだから」と壁を作るのではなく、「人見知りだからこそ」、これを解消するためのアクションを売って出てほしいと思います。

超一流の雑談力




抜粋ココマデ↑---------------------------------------------

今は、なんでも機械化され便利です。機械相手だと気も使わなくていいので気楽です。機械相手だと、どんな扱いをしてもいいからです。機械は、絶対に、怒って、噛みついてきたりしないからです。

しかし、その心理は、“無駄なことをしゃべらず、言われたことだけを、黙々と無表情にする”機械のような人に対しても、発動するようです。

自分が、無表情に、何もしゃべらず、言われたことだけを、黙々としていると、意図せずして、相手から引き出す反応は、“機械と同じ扱い”です。相手からしてみれば、自分がそう思っているなんて、カケラも思っていないでしょうが、そうする相手を、自分と同じ、血の通った人間だと思えなくなっている可能性があります。機械のように感じている可能性があります。みんな忙しいし、自分のことで精一杯。だから、機械でなんでもやります。自動的に、頭の中で、この人はこう等、振り分けしています。

機械は、言うならば「人間の奴隷」。奴隷だから、何をしてもいいし、どんな扱いをしてもよいという心理が働きます。

人間は、同じ状態が続くと、エスカレートしていく傾向があります。ほおっておくと、エスカレートしていくので、“自分が機械ではなく、あなたと同じ、血の通った人間よ!私は機械のような奴隷じゃないわ!”と相手に気づかせるためには、人間らしいことを自分が表現しないといけません。

人間のもう一つの心理として、“得体のしれない人・モノに対しては、不安を感じるので排除しようとする”というのがあります。

差別も攻撃も、それが原因です。背後に“よく分からないものに対する恐れ”があります。そのため、視野が広い人は、あんまりそういうことはしないはずです。だから、教育が必要なのです。知る努力が必要なのです。キリストも「無知は罪」と言ったんじゃなかったかなぁ。

また、自分との共通点や、共感できることがあれば、人は、安心する特徴もあります。

集団の中で生きていくには、仲間たちに異物として攻撃されないよう、排除されないようにするため、「私はあなたたちと同じ仲間である」ことが伝わるようなことをしないとなりません。

思うに、親や学校や世間が教えるのは、不必要なトラブルや問題に巻き込まれないように、集団の中で安全に渡っていける必要最低限の技術です。技術なので、道具と同じ。必要に応じて使えばよいものです。

例えば、視覚(しぐさ・動作)の情報と聴覚(言葉)の情報が一致しなければ、相手にコミュニケーションエラーを生じさせ、トラブルの原因になります。言葉では「ごめんなさい」と言っているのに、身体は壁によっかかり、腕組みをして、視線は他のところを見ていれば、相手は気分を害するでしょう。「ちゃんと“ごめんなさい”と言った」と言っても、相手は、謝罪されたとはカケラも思わないでしょう。

お互い、気持ちよく仕事がしたい、共に何かをしたいと思っていても、そんなささいなことで、“不要なトラブル”を生じさせ、誤解が生じたり、信頼を失墜させます。そして、争いや闘争となっていきます。それを解決するのに、大きな労力と、多大な時間がかかります。当初の目的に向かっていくためのスタートラインに立つまでに、どのくらい、かかることでしょう。

反抗期の子どもと親のようですね(笑)。

海外からの労働者が劣悪な労働環境で働かされる傾向も、もしかしたら、そのせいかもしれないのです。言葉が通じないから、相手との共通点、共感が生まれにくい。言葉が通じないから、お互い話さない。よっぽど意識的に生きている人でない限り、相手を自分と同じように、家族もいて、痛みも喜びも感じる人間である感じる感性が麻痺して、相手を、自分が都合よく使える、便利なロボットや機械のように思い始める危険性があります。

それを防ぐためには、自分から積極的に話す、声をかける、何でもいいから、自分のことを話す、どうしても話せないなら、挨拶と返事の声は元気よく、ハッキリと自分からする etc. こと。最悪、ぎゃー!でも、わー!でもいいと思います(笑)。私は、何にも感じないロボットじゃないのよ!人間なのよ!と、相手に思い出してもらうために。

最近は、ペッパーくんのようなロボットも、それしますから、自分がロボットじゃない!機械じゃない!と相手に思い知らせるためには、同時に表情と感情をちゃんと出すこと、相手の目をしっかりと見つめることが重要です。

それが、不要なトラブルや問題に巻き込まれたり、奴隷のような扱いを受けないコツです。安全に生きていくコツ。

自分がロボットのように、または、奴隷のように振る舞うことで、相手から暴君や主人のような意識を刺激して、引っ張り出します。それが嫌なら、逆のことをすることです。

少なくとも、下記の二つだけを意識して、ちゃんとやっていれば、相手に嫌われることはない(=嫌われるとトラブルや問題が生じやすい)ですから、まずはそこから(^^)。

「答える時は、ちゃんと顔を相手に向けてから話す」

「肩を床と水平にして話す」(要は、何かによっかかったり、だらけた姿勢で話さないということ)


こんな本を読むと、“私には、こんなの無理~!!” と思うかもしれません。マニュアル本として出版するには、分量もいるし、かっこよく書かないといけないからです。

でも、どんなことでも、真理は、とてもシンプルで、少ない。 

上記の二つのポイントは、実は、入社前研修で、ビジネスマナーを教える講師が教えてくれたものです。ビジネスマナーとは、おじきの角度とか、応対の仕方を教えるものが多いけれど、その意味が分かっていれば、そんなのいらない!この二つだけやってたらいい!なんでも、難しく書きすぎ!こんなん忘れて!と教えてくれたものです(笑)。

ちなみに、この方は、もう一つ教えてくれました。

コミュニティは、好きなこと、嗜好が同じ人が集まり、自然と会話が盛り上がり親しみがわく人が集まってくることで出来る。それとは別に、同じ目的で集まる人で出来上がるコミュニティもある。それが会社。会社の目的は、お金をもらうこと。集まる人の目的は同じだが、趣味や考え方、好みの違いから、トラブルが起きやすい。思考や好みの違う人同士でも、トラブルや問題なく共に目的に向かっていけるためにあるのが、ビジネスマナーであり、ルールである。ルールとビジネスマナーを守っていれば、不要なトラブルや問題に巻き込まれることはないので、自分を守るためのもの。

これを聞いた時に浮かんだのは、野生動物の群れの中に入って、調査する人が、その動物に擬態してるシーン。調査するのに、群れを怖がらせたら、攻撃されて、えらいことになるじゃないですかw お互いにとって、いいことがありません。だから、自分が敵じゃないよ、異物じゃないよ と知らせるために、周囲に安心感を与える“容姿”と“動き方”をするのです。それが、会社で言う、ビジネスマナーであり、ルール。お互い、目的(=食べ物を得る)を楽に達成するために。

話は戻って、この本は、きっと、真理は、

 「ささいなことでいいから、自分から、自分のことを相手に話す」
 
 「相手に興味を持つ。相手のことを知ろうとする努力」

の二点だと思います。

逆に、この二点を分かっていないと、形式だけを真似てやっても、自分の気持ちも乗らなくて、イヤイヤするだけだから、スッキリ気持ちよくできないと思うのです。

自己開示とは、

  ありとあらゆること、人に対する信頼感、安心感がないとできません。

  たとえ、それに対して、何か言われたとしても、“相手は相手の考え方がある。私は私の考え方がある” と尊重できる強さと理解がないとできません。

  どんな内容、姿勢なら受け入れてもらえるか、相手を見極められる余裕や、相手への尊重や愛がなければできません。

  自分自身のなんでも愛している、受け入れていないと、自分のことを誰かに話すことはできません。

逆に、それが出来ていなくても、頑張ってやっていくうちに(形から整える)、心がそうなっていく(内面が整う)という場合もあります。


相手に興味を持つ というのは、

  自分に対する好奇心や興味がないと、人にも興味は持てません。

  夢や理想がないと、誰かや何かに興味は向きません。

  自分を守ることで精一杯で、相手のことを見る余裕がないと、相手への興味は湧いてきません。

  どうでもいいことでも、どんな些細なことでも、楽しめる人生を自分が送っていないと、どんな話を聞いても、面白いとは思わないので、興味や好奇心は湧きません。

その逆も、上記の通りです(笑)。


雑談は、奥が深いですね(^^) どんどん、アホ話をしてください。無駄な話をしてください。どうでもいい話をしてください。

それが出来ないと、きっと、人生も楽しめないことでしょう。自分も、他者も、愛せないでしょう。  

Posted by フラワーエッセンス研究家 葛葉 at 09:59つれづれ

2017年05月11日

“普通”であること

今日は、ただの駄つぶやきです。お暇な方だけ、どうぞお読みください。

ここしばらくの間、こんなところに出入りしたり、関わったりしています。

 ・ 介護初任者研修

 ・ 介護施設

 ・ 精神薬被害者の会

 ・ 発達障害・ADHDなどの支援情報

 ・ 寝たきりで意思の疎通を図れない人とのコミュニケーション

 ・ 知的障碍者と共に働く職場

 ・ オルタナティブな居場所作り(※オルタナティブとは、「現在主流でないもの、現在の社会や仕組みでは実現できないこと」と言った意味合い)

などなど。


どこに行っても、同じことを感じます。

スミマセン、困難な状況の方々やお立場の方々が

ご気分を害すると思うのですが、今回はそういう視点とは

また別の視点で見たいので、お許しを。


社会的に困難な状況の方々やお立場の方々の

支援はこれからもまだまだ必要だと感じていますし、

どんどん支援も必要だと私も思っております。


それとは別に、今回は、大多数いる

抑圧されている“普通の方々”の立場に

寄り添って考えてみたいのです。


メディアや映画、マンガなどは、

人々が望んでいること、関心を持っていること、

社会の風潮を反映しています。


こうであるべき、こうでなきゃいけない、

こうなりたい、こんなのおかしいんじゃないか!、

こうなってほしい! と言った思いや、

希望、絶望などが表現されています。


アニメ映画「君の名は。」の華々しいヒットの裏で、

アニメ映画「この世界の片隅に」

地道に話題となって広がっています。


多くの友人、知り合いが、

『「君の名は。」もいいけど、「この世界の片隅に」のほうが私は気に行った!

みんなにもぜひ観てほしい!!』

と熱烈に紹介していました。


そのため、興味津々で調べましたが、

内容紹介を読むと、主人公すずさんの

人生を淡々と描くアニメで、

一言でいうなら“地味”なアニメ。


なぜ、そんな“地味”なアニメが

多くの人々の心をとらえるのだろう?と

不思議で観に行ってみました。


いい映画ですよ。ぜひ観てみてください。

「君の名は。」が、不思議要素ありありで、

現次元だけでなく、他の次元や空間にまで

意識や視野を広げてくれるワクワク感が

ある一方、「この世界の片隅に」は、

“もっと、【普通であること】の大切さと幸せ、

泥臭く必死に生きる中に、たくさんの幸せや

光が散らばっていること。それにいかに

気付けるか、大切にできるかが

自分を幸せにできるかどうかの分かれ目”

という、この現世にしっかりと根を張り

生きること(スピリチュアル用語では、グランディング)

の喜びと、生の実感を思い出させてくれる。


この感覚、“普通でいたら、誰にも注目

されないし、愛されない、認められない” という

風潮が暴走している現代、みんな忘れてるんですよね。


奇をてらったことをして注目されたいあまり、

いきすぎて、理性と常識を失い、自らを

貶めるYouTuberが増えているのが

その象徴。


でも、多くの人が、もうそれに

うんざりして、“普通であること”の

凄さや幸せに気づいてきはじめているのが、

「この世界の片隅に」の根強い人気の

広がりとして現れているのではないのかと

思うのです。



社会的弱者のために

準備された特例を悪用する人や、

そういった人々への迫害や、

いじめ、差別や偏見ゆえに、

起こった悲しいニュースが多いです。


そういった方々の心の叫びとして、

感じるのは、こういう思い

=========================

“私だって精一杯頑張って、もう

ボロボロなのに、なんで私は誰も

助けてくれないの?! 

あの人たちは、

私みたいに誰かの役に立ってないのに、

私よりも大切にされている。

社会的に保障されている。

私には何もないのに!!

なんでなの?

こんなに一生懸命

必死に頑張って、もう限界なのに、

あの人たちのために、

もっと頑張れって言うの?!

もう無理だよ!!

誰かこの状況から私を

助けて!!”

=========================


そんな追い詰められた心境、また、

心身の状態にいる人は、目の前にいる

弱者をいじめてしまうのだと思います。


かつての日本もそうでしたが、

社会に余裕のない国では、

社会的弱者の尊厳は

踏みにじられてきました。


閉じ込められたり、自由を拘束されたり、

一個人として扱わらず、ひどい扱いを

受けたり。


多くの人の努力と運動で、

現代日本では、人間の尊厳を第一とし、

介護や障碍者支援の世界では、

“その人の個性、生き方、思いを

最優先とし、それを実現できるよう

サポートすること” を重視するよう、

指導されます。


素晴らしいことです。

どんどん進化しています。


さて、その世界の意識はどんどん

進化してきましたが、そのほかの一般は

どうでしょうか。進化しているでしょうか。


そうではないですよね。


一人一人をかけがいのない個人として

尊重しサポートする支援があれば

起こらないようなブラック企業、鬱、

自殺など。

-------------------------------------------------------------------------
「生きるのが、死ぬよりつらい」…高校生、過労死を考える 過労死遺族らが出前授業
http://www.sankei.com/smp/west/news/170308/wst1703080045-s1.html
-------------------------------------------------------------------------

介護の理念を聞いても、知的障碍者の職場支援の話を聞いても、

発達障害の支援の話を聞いても、寝たきりの人のサポートの話を

聞いても、どこの現場でも、絶対に出てきます。


その人の個性、生き方、思いを知る努力。

それらを必死に観察し、感じ取り、見出したら、

それを最大限尊重し、それを実現できるよう

周囲が一丸となってサポートすること



それを聞くたびに、私はいつも思うのです。

普通の人も、そうやって扱えば、世界はもっと平和になるし、みんな幸福感に満たされて、優しくなれるんじゃね?


ってか、自分がそう扱われたことのない人が、果たして、他の人に、それを提供できるのか?


社会的弱者のサポートシステムを、そのまま、一般社会にも、同じように適用しないと難しいんじゃないかと思うのです。

なんでそうしないのかな? 

【普通】の人は、自力で頑張れ!自力でやれ!

どんな扱いをしたって、普通の人なんだから、

ちょっとぐらい大丈夫。ちょっとやそっとじゃ死にゃしない!


と扱ってるからじゃないかと。。。。


息絶え絶えになっている“普通の人”も、きめ細かいサポートしないと、社会は変わらないし、動かない。優しい社会にはなれない。 もっと、“普通であること” も、賞賛しなければならない時代。突飛なことをしなくても、奇抜なことをしなくても、“普通”であることが、ものすごいこと、普通であることが出来る人がスゴイ人であることに、みんなが気づかなければならない。「この世界の片隅に」のヒットは、そのことを感じる人がどんどん増えているせいではないかと思うのです。

どうにかなんないのかな。。。 

最近思うのは、大きな組織になりすぎて、すっかり硬直して、柔軟性がなくなってしまった今のシステム内で、どうにかしようと思っても無理なのかもしれない。。。ということ。

いったん、ぶっ潰して、新たに作らないと無理なんだろうか。

ちなみに、介護や障碍者の支援で、人間の尊厳を尊重するという輝かしい理念が固まり出したのは、ついこないだみたいなもので、始まったばかりとも言えます。長年固定した価値観と抑圧で続いてきた業界は、色んなしがらみや、利権などが絡んできて、変わるのも難しい。経済的にも安定するから、なかなか離れられないんですよね。。。  

Posted by フラワーエッセンス研究家 葛葉 at 09:37つれづれ

2016年11月01日

女性創業支援塾にパネリストとして行ってきました

吹田市には、行政が主催する、とてもレベルの高い女性支援塾が毎年開催されています。取材に来たこともあるそうです。

タイトルは、

Dear 本気 WOMAN、創業支援塾 
       ~ 趣味から飛び出せ!第一歩 ~


創業支援塾

男女共同参画センター、吹田商工会議所、吹田市の共催のため、このセミナー終了後、創業時の税金優遇や、事業資金を借りるのに好条件となります。

今年で3回目の実施。起業時の優遇措置は、吹田市で起業する人に限りますが、受講は他府県の人でも受けれるので、とてもお勧めです。 なぜなら、受講料無料なだけでなく、託児もつきますからね。来年も同時期に開催されると思うので、ご興味のある方は、ぜひどうぞ。

さて、私はその前から開業しておりますが、実は、去年受講者としてこのセミナーを受けておりました。 タイムリーに、起業を迷っている友人がいたので、友人の尻たたきもありましたが、とても内容がいいので、私もちゃんと学びたいとワクワクしたからです。

今期は、「前に受講した先輩方の声が聞いてみたい」との要望を受けて、前年度の受講生にパネリストとしてお呼び下さったので、行ってまいりました。

去年受講した時には、私はすでに、「ここを最初にちゃんとしておかないと、動き出してからどうしようもなくなりますよ!」ということを、全てやりつくした後のようなものだったので、“先生のおっしゃる通りっ!ああ、全部心当たりがありすぎて、耳が痛い(;・∀・)”ということばかり。

でもまぁ、私の個性では、“走りながら学ぶんじゃなきゃ分からない”、“すっかり準備できてからやろうと思ってるうちに、やらないまま何年も過ぎる → 気が付いたら、たぶん死ぬ時” なので、「なんか訳分からんけど、気が付いたらやらないといけないような流れでやらされてた」というのがないと、動かなかったと思いますw なので、あたかも誰かに仕組まれたかのような、絶妙な順番です。

おかげさまで、どんな心理でくじけるか、凹むか、何がブロックで足を引っ張るか、全部体験しました(笑)。

先生のおっしゃる通り、最初に、キッチリと「事業計画書」を書いて、無駄なく、効率よく、やっていったら、さぞ短時間で、かつ、労力も、失うお金も少なかったでしょうが、こういう仕事をしている私ですから、あえてそうならないように、天に仕組まれたんでしょうね(笑)。

パネリストと言っても、数人のグループの中に入って、おしゃべりするだけです。

色々お話しましたが、結局のところ、私がお話したのは、

“凹んだり、自信がなくなったり、自分にはできないと落ち込むときは、自分に実力や才能がないのではなく、単に、びっくりするほど、どうでもいい、ちっぽけなブロックがあるだけだから、それに気づいて手放したらよいこと”

だけしか言ってなかったような気がします。

どんなに小さくても、自分で事業をして、かつ、続けていくには、自分自身の生き方や、才能の引き出し方、発揮の仕方、外部との繋がり、働きかけ方などを、常に問いかけられ、思い知らされ、目をそらすことなく、真摯にとらえて、実現していくことを要求されることの繰り返し。厳しいと言えば厳しいですが、自分自身に向き合って、真摯に取り組んでいくことで、無限の可能性を広げていけます。

私の場合は、くじけそうな過程で、常にフラワーエッセンスが助けてくれました。

私は、起業前後に、こんなありがたい創業支援塾に出会えなかったので、色んな所で頭を打って、痛い目にも会い、泣いたり、自暴自棄になったり、心身がおかしくなったり、鬱になりかかったりなどありましたが(笑)、その前にこれに出会っていたら、不安を言い訳に、行動せぬまま、ずっと何年も準備し続けていたかもしれません。なので、無駄でも、痛くても、とにかく、思いついたことはやってみてください!そうしないと分からないことがあります。気づかないことがあります。とお話しました。自力で、切り開いていかないといけないことは、授業を真面目に受けて、その通りにするだけの優等生じゃダメですw

凹むのも、くじけるのも、原因は、自分の中に、ほんのささいなブロック。 いつしか刺さってそのままになっているトゲを抜いたらいいだけ。

参考になるかならないか分かりませんが、私が今日お話したのは、そんな私のヘタレ体験でした(笑)。

なお、この塾は、中小企業診断士として、色んな所で、女性の起業支援をしてこられた石川聖子先生がメイン講師として進められるので、女性視点でお話をしてくださるのがよいのです。

なぜなら、女性と男性は、ビジネスについての捉え方、進め方、考え方が違うので、男性視点で話されると、女性は、とても苦しくなったり、抑圧を感じたり、我慢と根性を強いられているような気になって、とにかくしんどくなるからです。

女性が才能を発揮するには、男性的な目標達成方法では、難しい。例えば、男性講師は、ビジネスするのに、女性が感情を訴えてくる意味が分からない、理解できない。女性受講生も、なんで感情が納得できないのに、男性たちがそれをできるのか分からない。

石川先生は、女性の、そんな言葉にならない思いや感情もくみ取っての創業を教えてくださるので、とってもいいんです(^^)

  


Posted by フラワーエッセンス研究家 葛葉 at 14:38つれづれ

1990年にフランスで開催されて以来、世界各国で開催。
これまでで最大規模で、2014年5月2日~6日 日本で13年ぶりに開催。